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幼児教室オーナーの、日々の出来事や気づきを公開
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おひさま7月号
おひさま7月号 NO.55


―― 心ぽかぽか教室だより ――

相手の心の隣にいく

私の「聞く」という行為に関して、子どもから対照的な反応が返ってきたことを思い出しました。
それは娘が5歳ごろのできごとです。

ある朝、目覚めるなり「のどがいたいよー」と訴えてきました。


弁当を作っていた私は台所から寝ている姿を遠目で見て、
「きっと口を開けて寝たんじゃないのかなあ?」と声をかけました。

娘は途端に顔をゆがめ、
「くちなんか開けていない!」と怒鳴ると
ふとんに顔を埋めて号泣し始めたのです。

しごくまともな対応をしたつもりなのに、なんでこうなるの?
と面食らうとともに、何がこの子を泣かせているのか
考えざるを得なくなりました。

数日経ったある朝、また娘が起きぬけに言いました。
「ママ、のどがいたいよー」。

私は弁当作りをいったんやめ、手を拭いて寝室に向かい、
娘の枕元にペタリと座りました。

「どこ?どこらへん?」と聞くと、即座に口をパカっと開けます。
私はじーっと覗き込み、喉の中をまんべんなく見てひとこと、
「確かに赤いみたい」と低い声で、心底納得した口調で言いました。

すると娘はゆっくり口を閉じ、何ごともなかったかのように起き上がって
パジャマ姿のまま机に向かい、静かに絵を描き始めたのです。


「聞く」、という行為は「最初から最後まで聞く」、
そして「相手の言わんとしていることをそのとおりに理解しようとする」、
そして、「それだけで完了する」行為なのだとそのとき感じました。

「最初から最後まで聞く」には、「そのとおりに理解しようとする」には、
自分のやっていることをやめて、自分の予測を脇に置いて、
自分の価値判断をいったん手放して、
そのことに耳を開くということをしなければまりません。

言い換えれば、自分の体と気持ちを相手の心の隣に派遣して聞くことが、
「聞く」という行為らしいのです。


じゃあ聞いてどうするの、そのあとは何をするの、
そのあとどういうことを教えればいいの、
という疑問がわくことがあります。

一つの会話で何か教育効果を上げたくなる「課題達成型」の
私の心にはしばしばわく疑問ですが、しっかり聞けると、
そのあとのことは自然に道筋がついてくるように思えます。

そしてあまりにも自分の思いどおりにさせたくなってしまうときは、
次の詩を思い出そうと思っています。




話を聞いてくれと言うと
あなたは忠告を始める
私はそんなことは頼んでいない

話を聞いてくれと言うと
そんなふうに考えるものじゃないとあなたは言う
あなたは私の心を踏みにじる

話を聞いてくれと言うと
私の代わりに問題を解決してくれようとする
私が求めているのはそんなことではない

聞いてください!私が求めているのはそれだけだ
何も言わなくていい、何もしてくれなくていい
ただ私の話を聞くだけでいい       (作者不詳)

( おかあさまのためのコーチング  あべまさい著 より )



コミニュケーションはキャッチボール。
相手が投げてきたボールをきちんと受け取っていますか?
相手がわかるように受け取って、そして返していますか?

自分は受け取ったと思っても、相手は受け取られていない、
と感じているかもしれません。

勉強会でもやったように「聴く」というのは技術でもあるので、
それを選択することでコミニュケーション能力は高まっていくことでしょう。

でも、その根本にあるのは、「この人を理解したい」という愛なのだと思うのです。



****6月の達人!!***********
♪犬棒カルタ暗唱 ゆうまくん  ♪百人一首百句暗唱 いっしゅんくん  
夢に向かって一歩前進! すごい!すごい!!  おめでとうございます!



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